|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
健康維持の黄金律♪ 元気に働き続けるために!心身の健康維持/改善/増進のための様々な方法、知恵、工夫、考え方、あるいはサービス、グッズを独断で紹介しています。 |
||
流行りコトバに惑わされない! −第2号(2008.4.15)−
前号で、そんなに気になりますか[メタボ]?と問いかけを
させていただきましたが、この「メタボ」という流行りコトバが くせ者なんです。 私たちにとって流行りコトバというのは思いの外、精神衛生上 に陰を落としているのです。 本号では健康に関する流行りコトバの功罪について掘り下げて みたいと思います。 ちょっと考えてみましょう。 --------------------------------------------------------------- 身体に関して功罪のうち罪を与えている流行りコトバをひとつ 挙げるとするならば、それは『ダイエット』。 「ダイエットなんて、流行りコトバでもなんでもないよ!」と、 お叱りを受けるかも知れませんがムリもないと思います。今や スッカリ定着してしまった慣用語なんですから。 慣用句…だから最悪なんです。 結構ニガイ経験をもっている人も多いと思いますよ『ダイエット』。 まず『流行りコトバ』って何?ということを考えてみましょう。 と、なにも大上段に構える必要はないのですが、こんな発想を してみました。 「もし、そのコトバが無かったら、私たちはその代わりに一体 どんなコトバを使うのだろう?」 試しに『私は痩せるためにダイエットする』という表現を 『ダイエット』というコトバを使わずに表現してみます。 『私は痩せるために○○する』の○○の部分を丁寧に言い換え てみると… ・ 一度に食べ過ぎない ・ 間食をしない ・ 甘いものを控える ・ 毎朝、犬の散歩をする ・ ヨガを始める ・ スポーツジムに通う などなど。 『流行りコトバ』は功罪の功の部分「コミュニケーション を円滑にするために都合の良い簡略コトバ」、なわけですから 使用シーンに合わせて丁寧に表現すれば良いだけですよね。 しかし、ちょっと気づきませんか? 丁寧に言い換えるだけでアクティブな表現になっていませんか? 『ダイエット』というコトバが流通する以前、私たちは間違いなく このように豊かで、具体的/実践的な表現をしていたハズなんです。 簡単だからと飛びついて使い始めた流行りコトバ『ダイエット』。 もし『ダイエット』というコトバが無かったら… 流行りコトバが流通する以前には、各個々人が自分のコトバを 持っていたハズなんです。 自分のコトバ、すなわち言魂(ことだま)は、自分の感情や考えと いったことを物理的に表現する手段なのですから、流行りコトバは 簡単な表現だからと、多用してしまうのもどうかと思うのです。 コミュニケーションが薄っぺくなってしまいます。 流行りコトバは使用方法が簡単なので、ついつい使ってしまいます。 それがいけないとは言いませんが多用は禁物なのかも知れません。 まるでファースト・フードばかりを食べていて、時間をかけた料理 を否定しているようなものですからね。 情報が溢れるに従って流行りコトバは増えてきたのでしょう。 いわば流行りコトバはファースト・フードならぬファースト・ワード ですね。 流行りコトバに頼らず自分のコトバで表現していたら、自分にも、 そして周りにも、身体のためになる生活習慣を築くヒントを与える ことができると思いますよ。 そろそろスロー・ワードに立ち返っては如何でしょうか。 前向き、前向き! スローといえば睡眠! 先ずはぐっすり眠ることが必要です。 人生の「3分の1」から「4分の1」は寝ているのですから。 大事な活力源を醸成する時間を無為に過ごすことのないように! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あの大人気安眠枕! 【ファベ社 [サーヴィカルプラス枕】 http://www.pikaichi-selection.com/fabe/ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◆ ━━ Column ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 最近、私にしては大変寝つきが良い。 夜型人間の私としては不思議でならない。 以前は何せ布団の中で1時間、2時間と眠気が起きないことが 当たり前であった。 疲れやすくなったからなのか…と思ってみる。 なるほど確かに疲れやすくはなった。 しかし若い時には、若さに任せて疲れ切るまで体力を消耗して いたのだから疲れる度合いは変わらないハズである。 となると要因は…ふと思い至った。 余計なことを考えないようになったのだ。 眠れない時というのは余計なことを考えているものである。 意識しているわけでもないのに、気がつくと様々なことに 思いを巡らせている。 さっきまで見ていたテレビドラマを思い出して自分の生き様と 重ねて考え込んでしまったり、その日の嫌なことを思い出して 腹を立てたり、あるいは典型的なことではあるが翌日に楽しみ が控えていると興奮していたり、と。 よくも色々なことが頭を過ぎるものだと、人間が感情の動物で あることを思い知らされる。そんな自分が数年前から寝つきが 良くなったのだ。 では、考える力が衰えてしまったのか? 否、迷いが少なくなったのだ。 では、心配ごとが無くなったのか? 否、転び方が上手くなったのだ。 迷いが少なくなったのは身の周りで起きる課題への処理能力 が高まったからなのだろう。 転び方が上手くなったのは失敗を未然に防いだり、失敗への 対処方法をマスターしたからだ。 初めて自転車に乗ったときのコトを思い出せば良くわかる。 今もそのコトを覚えているのも素晴らしい。 失敗が教訓になっているのである。 人生とやらも同じだろう。意識しているわけではないが失敗を 教訓にしているのである。だから悩むことは必要だと思う。 人間は考えるという行為を放棄した瞬間に後退なのだ。 世の中が複雑になればなるほど、情報が増えれば増えるほど、 そんなの面倒だからと、考える行為を放棄しているような気もする。 簡単なものがモテはやされる世の中なのだ。これは複雑な社会の 裏返しなのだろう。 かつて自分は寝つきの良い人が羨ましかった。 これからも悩みや課題は続くだろう。しかし人生の処方箋を 手に入れれば、それはそれで楽しめるのだ。 寝つきの良い人生は幸せの第一歩なのかと思う。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 第2号(2008.4.15)完 ━━━ ◆ |
||
コメントの投稿 |
||
トラックバックトラックバックURL: |
||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||